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第1弾は目黒「支那そば勝丸」!新横浜ラーメン博物館「あの銘店をもう一度”94年組”」

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新横浜ラーメン博物館は、30周年を迎える2024年へ向けた取り組みとして、過去に出店した約40店舗の銘店が2年間かけ、3週間のリレー形式で出店するプロジェクト「あの銘店をもう一度」を2022年7月1日にスタート!

そして2022年11月7日より、1994年の創業メンバーがリレー形式で出店する「あの銘店をもう一度“94年組”」もスタートしました。

第1弾として目黒「支那そば勝丸」が登場します☆

 

新横浜ラーメン博物館「あの銘店をもう一度”94年組”」

 

 

出店期間:2022年11月7日(月)~2023年2月26日(日)予定

※「あの銘店をもう一度“94年組”」の第2弾以降は順次発表となります。

 

2022年11月7日より、1994年のラーメン店創業メンバーがリレー形式で出店する「あの銘店をもう一度“94年組”」がスタート!

トップバッターを飾るのは、ラーメン職人歴50年の集大成として、引退に向けた最後の舞台として挑戦する目黒「支那そば勝丸」です。

 

目黒「支那そば勝丸」の歴史

 

 

創業者の後藤 勝彦(ごとう かつひこ)氏は、昭和17年11月11日、8人姉弟の次男として青森県北津軽郡に生まれました。

中学卒業後、高校に通うも1年半で退学。

 

 

その間、映画館のアルバイトや地元で有名だった「秋常食堂(現在は閉店)」という煮干しダシのラーメンを出す食堂で半年ほど働いていました。

後藤さんにとって秋常食堂の煮干しラーメンは原点であり、ここでアルバイトをしなければラーメンの道に進まなかったかもしれません。

その後、東京への憧れがあり、兄を頼って17歳の時に上京。

上京後、様々な職業を転々とし、2種免許を取得し、タクシー会社へ入社。

タクシーの運転手の傍ら、ラーメンを食べ歩き、その頃「ホープ軒」(現・千駄ヶ谷)や、下渡橋の「土佐っ子」が屋台で繁盛しており、いつか自分も煮干しの味で、ラーメン店をやりたいという気持ちになったようです。

そして、昭和47年に軽トラックを改造した移動式屋台でラーメン店を開業。

天候や駐車スペースの問題があったものの、徐々に評判となり、数年で1日250杯を売る繁盛店となりました。

さらにその繁盛ぶりを見たある番組が「都内三大名物」として紹介し、都内屈指の繁盛店となりました。

 

 

その後、知り合いから「そろそろ屋台じゃなく店を持てばよい」とアドバイスを受け、昭和59年8月7日、念願の店舗を持つことに。

場所は白金の魚らん坂下近く(東京都港区白金1丁目)。

オープン後、屋台時代のお客さんがたくさん訪れ、すぐに人気店となりました。

白金を開業して3年後、旗の台(品川区旗の台)に支店をオープン。

そして白金のお店は8年後に立ち退きとなり、本店を目黒(平成4年頃)に移します。

 

94年当時の味を再現した「極上煮干しラーメン」

 

 

今回「あの銘店をもう一度”94年組”」にて提供されるのは、1994年当時の味を再現した「極上煮干しラーメン」

創業から変わらない独特のちぢれを持つ麺は、多くのファンに長年愛されています。

口の中でちぢれが踊る、一度食べると忘れられない触感です。

具材はチャーシュー、なると、メンマ、長ネギと昔ながらのシンプルなもの。

チャーシューは、「具材の王様」にふさわしい鹿児島県産の黒豚(もも肉)を使用しています。

 

 

そしてこのラーメンの要となるダシには、今回は香りの強い「マイワシ」を使用。

従来は豚骨と野菜とカタクチイワシでダシを取るのですが、「マイワシ」の香りに負けないよう鶏を加えます。

これぞ94年創業当時の味わいです。

 

1994年当時のラーメンを楽しめる!

新横浜ラーメン博物館「あの銘店をもう一度”94年組”」の紹介でした☆

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