公益財団法人 明治安田厚生事業団は、自発的な身体活動を促す環境が骨格筋に及ぼす影響に関する動物実験の成果を発表しました。
明治安田厚生事業団「豊かな環境が動物モデルに与える影響を検証」
これまでの疫学研究から、身体活動量の維持・増加は筋量低下の抑制と関連することがわかっていますが、具体的なメカニズムはまだ解明されていません。
同研究では動物モデル(雄ラット)を対象に、自発的な身体活動を促進するオリジナルの「豊かな環境*1」を構築し、環境が身体活動量と骨格筋に与える影響を検証しました。
その結果、「豊かな環境」は雄ラットの身体活動を促進し、さらに姿勢維持などを司る抗重力筋が肥大する可能性が示唆されました。
この研究の成果が、国際学術雑誌「Frontiers in Physiology」に2023年9月28日付で掲載されました。
ポイント
◎動物モデルにより、自発的な身体活動を促す「豊かな環境」は、身体活動量と骨格筋に好影響を与える可能性を示唆
◎「豊かな環境」では、何もない環境に比べ、雄ラットの身体活動量が約1.5倍増加
◎日常的な身体活動量の増加により、姿勢維持などを司る抗重力筋の肥大を雄ラットで確認
研究の背景
身体活動は心身の健康を保つために有効であると言われています。
身体活動量を増やすと、生体内では血流の増加、神経活動の活性化等、様々な応答が生じます。
特に、これまでの疫学研究から、身体活動量の維持・増加は、筋量低下の抑制と関連することがわかってきましたが、そのメカニズムには不明な点が多く残されています。
同研究では、その要因を明らかにするために、自発的な身体活動を促す「豊かな環境」を作り出し、長期間動物を飼育した場合に骨格筋の量や種類にどのような効果を及ぼすのかを検討しました。
なおこの研究は公益財団法人 明治安田厚生事業団 体力医学研究所 倫理審査委員会の承認を得て実施されました。
対象と方法
自由にアクセスすることが可能な「走る装置」やトンネル、滑り台等を設置した環境(豊かな環境)と、何も道具がない環境を用意し、各環境内にて動物(成長期の雄ラット)を4週間(720時間)飼育しました。
全ての飼育期間を通じ、小型化された加速度計を用いて身体活動量を計測しました。
また各環境における飼育期間が終了した後、動物の後肢にある複数の骨格筋の重量を測り、各環境による差異があるか、比較検討しました。
さらに後肢骨格筋を顕微鏡にて観察・撮影し、骨格筋の細胞レベルのサイズ(筋組織横断面積)、速筋型/遅筋型*2の存在割合の変化などを数値化し、比較検討しました。
結果
豊かな環境で飼育した動物の身体活動量は、何も道具がない環境で飼育した動物と比べて、約1.5倍の高値を示しました。
身体を動かしたくなる環境を作ることで、自らの意思により身体を動かす、すなわち身体活動を促進できる可能性があることが示唆されました。
また豊かな環境で飼育した動物の後肢骨格筋のデータを、何も道具がない環境で飼育した動物と比較・分析した結果、抗重力筋であるヒラメ筋*3が約10%多いことがわかりました。
また筋肥大したヒラメ筋では遅筋型の筋細胞の横断面積が増加しました。
筆頭著者のコメント
今回の研究では、豊かな環境が自発的な身体活動を促進し、抗重力筋の筋量を増加させることが、動物モデルで確認されました。
この結果は、運動に苦手意識を持つ不活動気味の方々に向けて、筋量低下の予防策として、筋力トレーニングなどの特別な運動ではなく、日常生活の中でちょこちょこ活動を増やすことを推奨するための科学的エビデンスの一つとなります。
最近、世界的なトップジャーナル「Nature」が、脳と行動の関係を調べる上で「自然な活動」を考慮することが、実社会にあった治療法の開発につながることを期待しているというメッセージを発表しました。
本研究のように、自らの意思による身体活動を促す環境モデルによって、骨格筋量の低下を予防できる可能性が示唆されたことは、「身体活動量の増加=健康」という漠然とした概念ではなく、「骨格筋を維持するために身体活動量を増加させることが必要である」という具体的なビジョンに基づく健康増進への取り組みができることを意味します。
人生100年時代を楽しく過ごすためにも、身体活動による健康効果のメカニズム解明を目的とする、基礎的な研究結果を基にした健康増進策が確立する社会になることを願っています。
発表論文
掲載誌 : Frontiers in Physiology
タイトル: The effects of environmental enrichment
on voluntary physical activity and muscle mass gain in growing rats
著者 : Mizuki Sudo, Yutaka Kano, Soichi Ando
DOI :
https://doi.org/10.3389/fphys.2023.1265871
用語解説
1. 豊かな環境:滑り台、小屋、トンネルなどの道具や走るための輪回しを設置した環境において複数の動物が飼育できる環境モデル。
これまでの行動神経科学を中心とした研究では、豊かな環境における視覚、感覚刺激が脳機能の向上をもたらすことがわかっていたが、身体活動との関係は不明であった。
2. 遅筋/速筋:一般的に、筋トレによって鍛えられる主な筋肉は速筋型であり、加齢初期段階において筋萎縮するのも速筋型からと言われている。
先行研究から、遅筋型の筋肉は、速筋型に比べ、筋トレなどのトレーニングでは筋量を増やしにくいことがわかっている。
つまり、姿勢を保持する遅筋型筋肉の萎縮を予防することは難しいとされている。
3. ヒラメ筋:遅筋型に分類され、マラソンなどでその特性を発揮できる持久性が高い筋肉。
また、地球の重力に対して、姿勢を保持するために働く筋肉(抗重力筋)の一つであり、生活する上でなくてはならない筋肉でもある。
宇宙などの無重力環境による筋肉量の低下(筋萎縮)においては、遅筋型の筋肉が先行して萎縮すると言われている。
利益相反
著者には開示すべき利益相反はありません。
財源情報
同研究は、JSPS科研費(16H05919およびJP26560336)の助成を受けて行われました。