ワールド・ファミリー バイリンガル サイエンス研究所では、グローバル化社会における幼児期からの英語教育の有効性や重要性に関する情報を、IBSのホームページ上で定期的に発信しています。
今回、多言語を獲得しながら育つ子どものことばと心の発達について研究する、久津木 文教授(神戸松蔭女子学院大学)へ実施したインタビュー記事を公開しました。
ワールド・ファミリー バイリンガル サイエンス研究所 久津木 文教授インタビュー
<インタビュー記事のまとめ>
●バイリンガルの子どもの語彙発達は、片方の言語だけを見てモノリンガルと比べるのではなく、必ず両方の言語を見て評価する。
●バイリンガルの子どもは、子どもなりに二言語の似ているところを見つけながらクリエイティブに意味のネットワークをつくり上げている。
「負担になっている」、「間違っている」とモノリンガルの大人の価値観を押しつけないように注意したい。
●二つの言語に触れる環境や二つの言語を切り替えながら使ったりする経験は、認知能力や社会性の発達に良い影響を与える可能性がある。
●4~5歳くらいになると外国や外国人に対する偏った見方をしてしまうが、幼少期からの異文化経験はそのバイアスを軽減できる。
■二つの言語で発達の差は出るが、知識が共有されながら獲得が進む
例えば、英語よりも日本語の語彙が少ない、というように、二つの言語が同じレベルでないことを気にされる親御さんは多いと思われます。
久津木教授によると、「二つの言語で語彙発達の差は必ず出ます。
(中略)例えば、家庭の言語がA、社会の言語がBであれば、Aでは家庭内で使われる語彙、Bでは社会で使われる語彙が多くなる、というイメージですね」とのこと。
また、「Aの言語である単語を獲得したら、それに対応するBの言語の単語(translation equivalent)を処理するスピードが速くなります。
さまざまな研究で、二つの言語の類型が似ていると、一方の言語知識がもう一方の言語処理をより促進することがわかっています」と話します。
ただし、「日本語と英語」のように類型が異なっていても、子どもなりに二つの言語を結びつけて処理して、さらに言語間で知識が共有されて獲得が進むのではないか、ということです。
■バイリンガルの経験や環境が「他者理解」に役立つ可能性
では、ことば以外の発達にはどのような影響があるのでしょうか。
「バイリンガルが一方の言語を使うときには、二つの言語が同時に活性化して、もう一方の言語を抑制(出てこないように抑える)しています。
その結果、脳の認知機能(実行機能)が訓練されるという見解があります(久津木, 2014)。
そして、この認知機能は、他者理解の能力を促進すると考えられます(久津木, 2016b)」と久津木教授。
さらに最近、バイリンガル環境で育つ赤ちゃんは、環境の刺激に対して注意深く反応する、見慣れた刺激に引っ張られずに新しい刺激を見ることができるなど、ことばを話す前からモノリンガルと異なる認知能力の発達が見られる、とのことです。
久津木教授によると、周りの大人が「ことばは認知や情緒の発達にも強く関連している」ことを認識し、バイリンガル環境で育つ子どもの発達を支えるための社会的仕組みも必要です。
■まとめ:バイリンガル環境で育つ子どもの発達について周りの大人が理解を深めることが重要
バイリンガル環境で育つ子どもの能力は、モノリンガルとの比較により過小評価されることもあれば、「放っておけばなんとかなる」と過大評価されることもあります。
過小評価は、子どもや親に自信を失わせ、親が母語を子どもに継承することをあきらめてしまったり、子どもの可能性を狭めてしまったりするかもしれません。
過大評価も、子どもが抱えている困難を見逃すことにつながり、必要なサポートを受けていれば発揮できていたはずの子どもの能力が埋もれてしまうかもしれません。
そのため、バイリンガル環境で育つ子どもの言語はもちろん、認知能力や社会性の発達についても周りの大人が理解を深めることは、当事者である家庭だけではなく、社会にとっても重要です。
モノリンガルかバイリンガル/マルチリンガルかにかかわらず、すべての子どもたちが自分の能力や可能性を最大限に発揮できるような社会にするためにも、久津木教授が取り組む研究テーマはますます重要になってくると考えられます。
(取材:IBS研究員 佐藤 有里)
久津木 文教授 Profile
神戸松蔭女子学院大学 人間科学部 心理学科、文学研究科 英語学専攻、文学研究科心理学専攻 久津木 文教授
専門は、発達心理学。
なかでも、言語と心理の発達の関係に関心を持ち、特に日本語を含む多言語を獲得しながら育つ子どもを対象に研究。
多様化する環境のなかでことばと心の健やかな育ちを支えるための環境づくりに役立つ基礎研究を主に行っている。
主な研究テーマは、乳幼児期の子どもがどのようにしてことばを含むコミュニケーション能力を発達させていくのか、その基盤となる社会性や認知的能力について。
神戸大学大学院 文化学研究科にて博士号を取得。
独立行政法人 科学技術振興機構(京都大学)「日本における子供の認知・言語発達に影響を与える要因の解明」研究員、京都大学 文学部 学術奨励研究員、神戸松蔭女子学院 文学研究科 心理学専攻および人間科学部 心理学科 准教授などを経て、2020年度より現職。