石垣好きの県職員が選ぶ!戦国から江戸までの名石垣!近江のお城の石垣7選

彦根市彦根城跡 天秤櫓の石垣

記事ポイント

  • 滋賀県内には約1300カ所の城跡
  • 長法寺跡から彦根城跡まで7つの石垣
  • 坂本城跡の石垣は渇水時のみ出現

 

滋賀県庁の石垣好き職員が、近江のお城の石垣を7つ選びました。

寺院の石垣から安土城跡、彦根城跡まで、多彩な石垣を紹介します。

 

目次

近江のお城の石垣7選

 

彦根市彦根城跡 天秤櫓の石垣

 

  • キャンペーン期間:「戦国ディスカバリー 滋賀・びわ湖」は令和7年(2025年)11月から令和8年(2026年)12月まで実施

 

滋賀県内には約1300カ所の城跡があり、その数は全国でもトップクラスです。

滋賀県庁の石垣好きの職員が選んだ、近江の7つの石垣を紹介します。

滋賀県観光キャンペーン「戦国ディスカバリー 滋賀・びわ湖」は、滋賀県と公益社団法人びわこビジターズビューローが実施。県内に数多く残る戦国時代の城郭・史跡や武将ゆかりの地を活用し、周遊観光等を促進します。

 

お城の石垣の起源!中世寺院の石垣(高島市 長法寺跡)

 

高島市長法寺跡の石垣

 

  • 所在地:滋賀県高島市鵜川

 

織田信長の兵火で廃絶したと伝わる長法寺跡では、お城の石垣の基となった中世寺院の石垣を見ることができます。

寺院の石垣は、僧坊などの法面を守る擁壁として造られました。

山中には本堂跡の基壇や庭園跡、僧坊跡とみられる50カ所以上の平坦面、それらを結ぶ通路跡が良好な状態で残ります。

高島市勝野の日吉神社の登り口からハイキング道で片道2時間以上。クマ・シカなどの野生動物も生息するため、詳しい地図や登山装備を用意し、安全に十分留意してお越しください。

 

最古級の城郭石垣(近江八幡市 観音寺城跡)

 

近江八幡市観音寺城跡 伝御屋形跡の石垣

 

  • 所在地:滋賀県近江八幡市安土町石寺

 

自然石を使った野面積の石垣で、国内最古級の城郭石垣といえます。

近江守護六角氏が築いた観音寺城跡は、近江八幡市と東近江市にまたがる繖山にあります。

山頂から南山麓にかけて数百の曲輪が造られた日本最大級の城跡で、観音正寺の境内や坊跡を取り込んで築かれたとみられます。

石垣は弘治3年(1557年)頃、湖東三山の金剛輪寺に所属する石工達が築いたとする記録が残ります。

 

時代の変革者 織田信長の居城の石垣(近江八幡市 安土城跡)

 

近江八幡市安土城跡 大手口周辺の石塁

 

  • 所在地:滋賀県近江八幡市下豊浦

 

天下布武の拠点となった安土城は、城内を石垣で固めた本格的な総石垣の城郭でした。

天正4年(1576年)、織田信長が家老の丹羽長秀を総奉行として、琵琶湖の内湖のほとりに築きました。

石垣は自然石を使った野面積で、馬淵をはじめ近江各地の石工たちが動員されたと伝わります。

天主周辺の石垣は表面が激しくひび割れて赤く変色し、本能寺の変後の混乱で建物が炎上した当時の火災の激しさを今に伝えます。

 

渇水の年にしか会えない石垣(大津市 坂本城跡)

 

大津市坂本城跡 琵琶湖岸の石垣

 

  • 所在地:滋賀県大津市下阪本3丁目

 

石垣は通常の水位では水の中。渇水などで琵琶湖の水位がマイナス60〜70cm程度まで下がらなければ見ることができません。

坂本城は元亀2年(1571年)、織田信長の命を受けた明智光秀が坂本に築いた水城です。

平成6年(1994年)の記録的な大渇水では、湖中に沈む本丸跡の石垣が姿を現しました。

石垣は、丸太材を胴木として敷いた基礎の上に築かれています。

 

本能寺の変の黒幕?織田信澄が築いた石垣(高島市 大溝城跡)

 

高島市大溝城跡 天守台の石垣

 

  • 所在地:滋賀県高島市勝野

 

乙女ヶ池の湖畔に残る天守台は安土城とともに最古級。大ぶりな自然石を使った野面積の石垣です。

大溝城は、琵琶湖の水運を押さえる拠点として天正6年(1578年)に織田信澄が築いた水城です。

信澄が本能寺の変に関与したことを示す史料は残されていませんが、明智光秀の娘婿であったことから謀反の疑いをかけられて殺されたことが知られています。

 

豊臣家の築城技術を今に伝える石垣(近江八幡市 八幡山城跡)

 

近江八幡市八幡山城跡 本丸北西隅角の石垣

 

  • 所在地:滋賀県近江八幡市宮内町

 

八幡山城跡は、秀吉が築いた城の中でも最も残りが良い城跡といえます。

八幡山城は天正13年(1585年)、秀吉が甥の豊臣秀次のために築いた城郭です。

本丸北西の隅角は、下半部に自然石、上半部に長方形に整形された白っぽい花崗岩が使われ、上半部が後に積まれたことが分かります。

廃城の文禄4年(1595年)以前に積まれた石垣で、算木積みが全国に広まるより10年以上早い段階で用いられていました。

 

徳川の泰平の世を創り、維持した石垣(彦根市 彦根城跡)

 

彦根市彦根城跡 天秤櫓の石垣

 

  • 所在地:滋賀県彦根市金亀町1
  • お問い合わせ:0749-22-2742
  • URL:https://hikonecastle.com/index.html

 

天秤櫓の石垣は、門を挟んで野面積(右側)と落とし積み(左側)が並び、約260年続いた江戸時代の平和な社会秩序の維持を担った彦根城を象徴します。

彦根城は、豊臣家や西国大名への防衛拠点として、徳川家康が築城を命じた井伊家の居城です。

門の右側の茶色っぽい石垣は築城当初(慶長年間)のもの。左側は嘉永7年(1854年)の天秤櫓の解体修理時に積み直されたとみられ、割石を使った落とし積みです。

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